終戦当時7歳だった父が、今も覚えている戦争の記憶

8月15日の終戦記念日。

毎年この日になると、父から聞いてきた戦争の話を思い出します。

今年も12時の時報とともに、黙祷をしました。

 

私の祖父母はすでに亡くなっています。

身近な人の中で、戦争を実際に経験した世代として残っているのは、今では私の両親だけになりました。

 

終戦を迎えた1945年、父は7歳、母は3歳でした。

二人ともまだ幼かったので、戦争中のことをたくさん覚えているわけではありません。

 

私が子どもの頃、両親からよく聞いたのは、むしろ戦後の食糧難の話でした。

食べるものがなく、同じようなものを何度も食べたこと。

父はいまだに、かぼちゃが好きではありません。

戦後、あまりにもたくさん食べたからだと聞いたことがあります。

父が覚えていた、戦争中のある日のこと

 

そんな父にも、今でも覚えている戦争中の記憶があります。

私がこれまで何度か聞いてきた話です。

 

学校から帰る途中、アメリカの飛行機が飛んできて、上空から弾を撃ってきた。

父はあわてて土手に隠れたそうです。

 

まだ7歳にもならないくらいの子どもです。

学校から家へ帰る。

今なら、それはごく普通の日常です。

 

けれど当時は、その帰り道で命の危険にさらされることがあった。

 

子どもの頃に父からその話を聞いたときには、そこまで深く考えていなかったように思います。

大人になり、そして父自身が高齢になった今になって、その話の重さを感じるようになりました。

父の中には、80年以上前の記憶が残っている

 

戦争が終わってから、長い年月が経ちました。

それでも、幼い頃に経験した強烈な出来事は、人の記憶の中に残り続けるのでしょう。

 

飛行機の音。

飛んでくる弾。

逃げ込んだ土手。

 

父にとっては、歴史の教科書の中の出来事ではありません。

自分が実際にそこにいて、経験したことです。

 

私にとって戦争は、生まれるずっと前の出来事です。

けれど、父の話を聞いていると、遠い歴史上の出来事だけではないのだと思います。

ほんの一世代前、私たちの親が子どもだった頃に、この国で実際に起きていたことなのです。

聞けるうちに、残しておきたい

 

戦争を実際に経験した人たちは、年々少なくなっています。

私の父も、母も、高齢になりました。

 

これまで何度も聞いてきたから、私は覚えている。

そう思っていました。

 

けれど、聞いた話も、書き残さなければいつか曖昧になってしまうかもしれません。

だから、父が話してくれたことを、私が覚えているうちに残しておきたいと思うようになりました。

 

大きな歴史を語ることはできません。

父が経験したのも、戦争の中のほんの小さな一場面です。

 

でも、一人の7歳の少年が、学校から帰る途中に飛行機から撃たれ、土手に身を隠した。

そんな日常があったこと。

それを、父から聞いた娘の私が、ここに残しておこうと思います。

 

8月15日。

戦争で亡くなられた方々に黙祷を捧げながら、今年も父の話を思い出しました。

そして今、何事もなく家に帰ることのできる日常が、決して当たり前ではないことを思います。

 

 

vlogチャンネル、ライブ配信も始めました。
 
不定期ですがアーカイブとして残しています。
 

 

 

Amazonの電子書籍、kindleで今年3月に出版しました。

「60代シニアはじめての家づくり」

(kindle会員の方は¥0となっております)

ひとの心身を植物で癒やす。

園芸療法をやっています

\知ってほしい園芸療法/

「みどりのおもちゃ箱」

 

★YouTubeやっています★

クリックすると別窓が開きます/

園芸療法スタジオ

にほんブログ村 その他生活ブログ 家計管理・貯蓄(50代)へにほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

テキストのコピーはできません。